「マズローの欲求5段階説」って、学校の授業やビジネス書、自己啓発セミナーなど、いろんな場面で聞いたことがあるはずです。
「生理的欲求→安全の欲求→社会的欲求→承認欲求→自己実現の欲求」というピラミッド図も、一度は見た記憶があるかもしれません。
ただ、詳しく調べていくと「6段階目があるらしい」「実は7段階、8段階のモデルもある」「自己超越って何?」など、5段階だけでは終わらない話が出てきて混乱した人もいるのではないでしょうか。
この記事では、マズローの欲求5段階説の基本を具体例とともにわかりやすく解説します。そのうえで、多くの人が気になる「6段階目」「7段階・8段階モデル」「自己超越」についても踏み込んで整理していきます。
さらに、欲求が満たされないとどうなるのか、マズロー自身の経歴、当サイトが得意とするアドラー心理学との違い、理論への批判までを取り上げました。この1記事で、マズロー心理学の全体像がつかめる内容になっています。
マズローの欲求5段階説とは?
マズローの欲求5段階説(欲求階層説)とは、アメリカの心理学者アブラハム・マズローが提唱した、人間の欲求を5つの階層に分けて説明する理論です。
「生理的欲求」を土台に、「安全の欲求」「社会的欲求(所属と愛の欲求)」「承認欲求」と積み上がり、頂点に「自己実現の欲求」が位置します。ピラミッド型の図で表されることが多いので、見覚えのある方も多いでしょう。
この理論の最大のポイントは、「人間の欲求には順番があり、低次の欲求がある程度満たされて初めて、より高次の欲求が現れてくる」という考え方にあります。
お腹が空いて仕方がないときに、自己実現について真剣に考えられる人は少ないですよね。マズローは、こうした欲求の現れ方には一定の優先順位があると考えました。
ただし、マズロー自身は「低次の欲求が100%満たされないと次に進めない」という厳密な話をしたわけではありません。
各欲求は重なり合いながら、比重を変えて同時に存在すると考えられています。5段階説は、あくまで人間を理解するための「わかりやすい地図」として捉えておくとよいでしょう。
5段階の欲求を具体例で理解する
それでは、5つの欲求を下から順に、身近な例とともに見ていきましょう。
1. 生理的欲求:生きるために不可欠な、最も土台となる欲求
食事、睡眠、呼吸、排泄など、生命を維持するために欠かせない、最も基本的な欲求です。
お腹が空いていたり、何日も眠れていなかったりすると、人は他のことをまともに考えられなくなります。マズローは、これがすべての欲求の土台になると考えました。
例:残業続きで食事も睡眠も満足に取れていない状態では、キャリアプランや自己成長どころではなく、「とにかく寝たい」「早く何か食べたい」という気持ちが最優先になります。
2. 安全の欲求:心身の安全と、暮らしの安定を求める欲求
身体的な危険から逃れたいという欲求だけでなく、経済的な安定、健康、秩序だった生活、雇用の安定なども含まれます。
戦争や災害、事故のような直接的な危険はもちろん、収入が不安定であることや、将来への漠然とした不安も、この欲求が満たされていない状態と言えるでしょう。
例:会社の業績が悪化し、いつリストラされるか分からない状況にいる人が、貯金や転職活動に強い関心を持つのは、安全の欲求が脅かされているためと理解できます。
3. 社会的欲求(所属と愛の欲求):誰かとつながり、居場所を持ちたい欲求
家族、友人、恋人、職場やコミュニティなど、集団や関係性の中に自分の居場所を見出し、愛情や友情で結ばれたいと願う欲求です。
この欲求が満たされないと、人は孤独感や疎外感に苦しむとマズローは考えました。
例:転勤したばかりで知り合いが誰もいない街で、職場の飲み会や地域のサークルに積極的に参加しようとするのは、所属と愛の欲求を満たそうとする自然な行動です。
4. 承認欲求:自分にも他者にも、価値ある存在だと認められたい欲求
マズローは承認欲求を、さらに2つのレベルに分けています。
ひとつは、他者からの評価・地位・名声・注目を求める「低いレベルの承認欲求」。もうひとつは、自己尊重、達成感、能力の獲得、自立心といった、自分自身で自分を認められるようになりたいという「高いレベルの承認欲求」です。
マズローは、他者からの評価に依存した承認よりも、自分自身の内側から生まれる自己尊重のほうが、より安定した健全な自尊心につながると考えました。
例:SNSの「いいね」の数に一喜一憂している状態は低いレベルの承認欲求、資格取得や仕事の成果を通じて「自分はやればできる」と実感できている状態は高いレベルの承認欲求に近いといえます。
5. 自己実現の欲求:自分の可能性を最大限に発揮したいという欲求
ここまでの4つの欲求は「欠乏欲求(何かが欠けているために生じる欲求)」と呼ばれます。一方、自己実現の欲求だけは「成長欲求」と呼ばれ、性質が異なります。
欠乏欲求は満たされると一旦落ち着きますが、成長欲求は満たされれば満たされるほど、さらに強くなっていくという特徴があります。
自己実現の欲求とは、「自分になれるものにならなければならない」という、自分自身の可能性や才能を最大限に発揮し、本来の自分らしく生きたいという欲求です。
例:生活には困っておらず、周囲からの評価も十分に得ている人が、それでもなお「自分にしかできない仕事がしたい」「もっと成長したい」と、新しい挑戦を続けようとする状態です。
「6段階目」「7段階・8段階モデル」「自己超越」とは?
マズローの理論を調べていると、「本当は6段階ある」「7段階説もある」という情報を目にすることがあります。ここで整理しておきましょう。
5段階図は、実は後年に単純化されたポピュラーな図だった
広く知られているピラミッド型の「5段階図」は、実はマズロー自身が描いたものではなく、後世の研究者やビジネス書によって単純化され、広まったものだと言われています。
マズローが1943年に発表した論文の時点では5段階が中心でした。しかし彼はその後の研究の中で理論を発展させ、晩年にはさらに上位の欲求を加えた、より複雑なモデルを提示しています。
6段階目:自己超越の欲求
マズローが晩年に付け加えたとされるのが、自己実現のさらに上に位置する「自己超越(Self-Transcendence)の欲求」です。
自己実現の欲求が「自分自身の可能性を発揮したい」という、いわば自分を中心に置いた欲求であるのに対し、自己超越の欲求は、自分という枠を超えて、他者や社会、人類全体、あるいはより大きな何かのために貢献したいと願う欲求です。
マズロー自身の言葉を借りれば、自己超越の段階に至った人は、自我や自己中心性を超え、より高い目的意識のもとに生きるようになるといいます。
例:すでに十分な社会的成功と自己実現を果たした経営者や研究者が、私財を投じて社会貢献活動や後進の育成に力を注ぐようになる状態。自分の利益や評価を超えて、社会や次世代のために行動しようとする点が特徴です。
7段階・8段階モデル:認知的欲求と審美的欲求
マズローの理論を紹介する文献の中には、5段階の間に以下の2つの欲求を加えた、7段階・8段階のモデルを紹介しているものもあります。
- 認知的欲求:知りたい、理解したい、探求したいという知的好奇心。承認欲求と自己実現の欲求の間に位置づけられることが多い。
- 審美的欲求:秩序、美しさ、バランスを求める欲求。認知的欲求と自己実現の欲求の間に位置づけられることが多い。
これらを整理すると、代表的な拡張モデルは「生理的欲求→安全の欲求→社会的欲求→承認欲求→認知的欲求→審美的欲求→自己実現の欲求→自己超越の欲求」という8段階になります。
ただし、どこまでを正式なマズロー理論とするかは文献によって表現に幅があり、日本語で流通している情報の中には出典があいまいなものも見られます。学術的な厳密さを求める場合は、一次資料にあたることをおすすめします。
欲求が満たされないとどうなるのか
マズローの理論は、「欲求が満たされない状態が続くと、人はどうなるのか」を考えるヒントにもなります。
生理的欲求や安全の欲求が慢性的に脅かされている状態では、人は目の前の生存や安定の確保にエネルギーを使い果たしてしまい、対人関係や自己成長にまで意識を向ける余裕がなくなります。
社会的欲求が満たされないと、孤独感や疎外感が強まり、心身の健康にも悪影響を及ぼすことが知られています。承認欲求が満たされないと、自分に自信が持てず、劣等感や無力感に苛まれやすくなります。
ここで重要なのは、「低次の欲求が満たされていないのに、高次の欲求ばかりを追いかけてもうまくいきにくい」という視点です。
例えば、経済的に不安定で安全の欲求が満たされていない人に対して、「自己実現のために好きなことをすべきだ」と一方的に助言しても、本人にとってはかえって苦しいだけかもしれません。
まずはどの段階の欲求が満たされていないのかを見極めることが、自分自身や周囲の人を理解するうえで役に立ちます。
アブラハム・マズローとはどんな人物か
アブラハム・マズロー(Abraham Maslow, 1908-1970)は、アメリカのニューヨーク・ブルックリンで、ロシアから移住してきたユダヤ人の家庭に生まれました。
幼少期は、移民でユダヤ人であることへの差別や孤独感に苦しみ、内向的な少年時代を過ごしたと言われています。
ウィスコンシン大学で心理学を学んだマズローは、当初は行動主義心理学の研究者としてキャリアをスタートさせました。
しかし、当時の心理学の主流であった行動主義(人間の行動を刺激と反応の関係だけで捉える立場)や、フロイトの精神分析(人間の病理や無意識の葛藤に注目する立場)に、次第に違和感を抱くようになります。
「心理学は、なぜ病んだ人間ばかりを研究し、健康で創造的に生きる人間を研究しないのか」
そんな問題意識から、マズローは「人間性心理学」と呼ばれる新しい潮流を切り開いていきます。
彼は、精神的に不調な人ではなく、社会的に成功し、創造的で充実した人生を送っている人々(自己実現を果たした人々)を積極的に研究対象とし、彼らに共通する特徴を分析しました。この研究から生まれたのが、欲求5段階説であり、人間の健康的な成長の可能性に焦点を当てた心理学でした。
マズローは、後にアメリカ心理学会の会長も務め、1970年に62歳で亡くなるまで、人間の可能性を信じる心理学者として、多くの著作や研究を残しました。
彼の理論は、経営学、教育学、看護学、マーケティングなど、心理学の枠を超えた幅広い分野に応用され続けています。
マズローとアドラー心理学の違い
当サイトでは、アドラー心理学を中心に取り上げていますが、マズローの理論とアドラー心理学には、共通点と相違点の両方があります。
まず共通点として、どちらも人間を「病理」ではなく「成長・可能性」の観点から捉えようとした点が挙げられます。
アドラーが提唱した「優越性の追求」(劣等感を克服し、理想の自分に近づこうとする欲求)は、マズローの「自己実現の欲求」(自分の可能性を最大限に発揮したいという欲求)と、方向性としてよく似ています。
一方で、理論の組み立て方には大きな違いがあります。
- マズローは、欲求に「階層」があり、低次の欲求がある程度満たされて初めて高次の欲求が現れる、という段階的なモデルを提示しました。
- アドラーは、欲求に優先順位をつけるのではなく、「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである」として、他者や社会との関わり方(共同体感覚)を人間理解の中心に据えました。
マズローの理論が個人の内側にある欲求の「発達段階」を描く縦の理論だとすれば、アドラー心理学は、他者との関係性という横のつながりを重視する理論だと言えるでしょう。
マズローが晩年に付け加えた「自己超越の欲求」(自分を超えて他者や社会に貢献したいという欲求)は、アドラーが重視した「共同体感覚」(社会の一員として他者に貢献しようとする感覚)と、非常に近い発想です。
アドラー心理学についてさらに詳しく知りたい方は、以下の記事もあわせてご覧ください。
マズローの理論への批判
マズローの欲求5段階説は、非常に直感的でわかりやすい一方、学術的にはいくつかの批判も受けています。理論を鵜呑みにせず、限界も知っておくとより深く理解できるはずです。
- 実証研究による裏付けが弱い:欲求が本当に厳密な階層順に現れるのかについて、後の心理学研究では明確に支持されていないという指摘があります。
- 例外が多い:貧困や困難な状況の中でも、創作活動や社会貢献(より高次とされる欲求)に打ち込む人が現実には数多く存在し、必ずしも下から順番に満たされるわけではありません。
- 文化的な偏りへの指摘:マズローの理論は、個人の達成や自己実現を重視するアメリカ的・欧米的な価値観を色濃く反映しており、集団や家族のつながりをより重視する文化圏には、そのまま当てはまらないのではないかという指摘があります。
こうした批判があるからといって、マズローの理論の価値が失われるわけではありません。
「人間には様々なレベルの欲求があり、それぞれが行動に影響を与えている」という大枠の視点は、自分自身や他者を理解するための、今なお有効な手がかりだといえるでしょう。
まとめ
マズローの欲求5段階説は、「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現の欲求」という5つの階層で、人間の欲求を説明する理論です。
晩年のマズローは、自己実現のさらに上に「自己超越の欲求」を加えており、7段階・8段階として認知的欲求や審美的欲求を含めて紹介されることもあります。
- 欲求には優先順位があり、低次の欲求が満たされることで、高次の欲求が現れやすくなる。
- 自己実現の欲求は「成長欲求」であり、満たされるほどさらに強くなっていく。
- 自己超越の欲求は、自分を超えて他者や社会に貢献したいという欲求である。
今、自分がどの段階の欲求を満たそうとしているのか。それを意識してみることは、悩みの正体を整理し、次に何をすべきかを見つけるための、シンプルで実用的な手がかりになるはずです。
よくある質問
- Qマズローの欲求5段階説の「6段階目」とは何ですか?
- A
マズローが晩年に付け加えたとされる「自己超越の欲求」を指します。自分の可能性を発揮したいという自己実現の欲求からさらに進んで、自分という枠を超えて他者や社会に貢献したいと願う欲求です。
- Q欲求5段階説は7段階や8段階になることもあるのですか?
- A
はい。文献によっては、承認欲求と自己実現の欲求の間に「認知的欲求」や「審美的欲求」を加え、さらに自己超越の欲求も含めた7段階・8段階のモデルとして紹介されることがあります。ただし、これらは後世の研究者による整理・解釈を含むため、出典によって説明に幅があります。
- Q自己超越とは具体的にどういう状態ですか?
- A
自分自身の成功や評価を追い求める段階を超えて、他者や社会、次世代のために貢献することに喜びや意味を見出す状態を指します。すでに社会的な成功を収めた人が、社会貢献活動や後進の育成に力を注ぐようになるケースなどが例として挙げられます。
- Q欲求5段階説とアドラー心理学は何が違うのですか?
- A
マズローは欲求に階層があり、低次の欲求が満たされて初めて高次の欲求が現れるという段階的なモデルを提示しました。一方アドラーは、欲求の優先順位よりも、他者や社会との関わり方(共同体感覚)を人間理解の中心に据えており、着眼点が異なります。

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