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「テトリスでトラウマが消える」は本当? 研究データから見る真実

「テトリスでトラウマが消える」は本当? 研究データから見る真実

テトリスでトラウマ解消? 心理学(アドラー,フロイト,ユング等)
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「テトリスを20分プレイすると、つらい記憶が和らぐ」

こんな話を聞いたことがあるでしょうか。
最近、パンデミックの最前線で働いた医療従事者を対象に、テトリスを用いた興味深い研究が行われ、医学雑誌『BMC Medicine』に掲載されました。
この記事では、その研究内容を詳しく見ていきながら、テトリスとトラウマ記憶の関係について考えてみます。最初に結論を言ってしまうと、「トラウマが消える」というのは正確な表現ではありません。研究が示しているのは、あくまで「侵入的記憶(フラッシュバック)の頻度を減らせる可能性」です。その違いを、データに基づいて丁寧に見ていきましょう。

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突然よみがえる記憶「侵入的記憶」とは

まず、「侵入的記憶(しんにゅうてききおく)」という言葉について説明しましょう。
これは、つらい出来事を体験した後などに、望んでいないのに突然、その出来事の記憶が断片的に、かつ鮮明によみがえってくる現象です。
まるで今、再びその出来事が起こっているかのように感じられることもあります。

  • 特徴:
    • 望んでいないのに、不意に現れる
    • 鮮明で生々しい(映像、音、感覚など)
    • 強い感情(恐怖、無力感、恥など)を伴う
    • コントロールするのが難しい
    • 日常生活(集中、睡眠など)に支障をきたすことがある

侵入的記憶は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)によく見られる症状の一つですが、PTSDと診断されていない人にも起こり得ます。
原因となった出来事を思い出させるもの(トリガー)によって引き起こされることもあれば、はっきりしたきっかけなく現れることもあります。
ここで一つ整理しておきたいのは、「侵入的記憶(フラッシュバックのような断片的なイメージ)」と「トラウマ記憶そのもの」は同じではない、という点です。後ほど見る研究が扱っているのは、主に前者の「頻度」です。出来事の記憶そのものを消し去るわけではありません。

なぜテトリスなのか? 視空間ワーキングメモリという仕組み

「ゲームでトラウマが和らぐ」と聞くと不思議に感じるかもしれません。
この発想のもとになっているのが、認知科学でいう「ワーキングメモリ(作業記憶)」という考え方です。ワーキングメモリは、頭の中で一時的に情報を保持しながら処理するための、いわば作業スペースのようなもの。そして、このスペースには容量に限りがあります。

侵入的記憶は、多くの場合「映像」として鮮明に立ち現れます。つまり、視覚的・空間的な情報処理(視空間ワーキングメモリ)を強く使う現象です。
一方、テトリスは落ちてくるブロックの形を見極め、回転させ、すき間に当てはめていくゲームで、まさに視空間ワーキングメモリをフルに使います。
そこで研究者たちは、「つらい記憶のイメージを思い浮かべている、まさにそのときにテトリスをすると、同じ限られた作業スペースを奪い合うことになり、記憶のイメージが定着しにくくなるのではないか」と考えました。これが「イメージ競合課題(imagery-competing task)」という発想です。

もう一つの鍵が「記憶の固定化(consolidation)」と「再固定化(reconsolidation)」という現象です。
記憶は体験した直後すぐに固まるのではなく、数時間かけて脳に定着していくと考えられています(固定化)。また、いったん定着した記憶も、思い出した瞬間には一時的に不安定になり、書き換えられる余地が生まれるとされます(再固定化)。
テトリスを「トラウマ的な出来事の直後(固定化のタイミング)」や「記憶を思い出した直後(再固定化のタイミング)」に行うことで、記憶が定着・再定着する過程に割り込み、その後よみがえる映像の数を減らせるのではないか。これが一連の研究を貫く仮説です。
ただし、これらはあくまで現時点で有力とされる「仮説」であり、脳の中で何が起きているのかが完全に解明されたわけではない点には注意が必要です。

研究の土台:オックスフォードでの初期研究

テトリス研究の中心人物が、エミリー・ホームズ(Emily Holmes)博士らのチームです。
彼らはまず、実験室での研究から積み上げていきました。参加者に交通事故などの衝撃的な映像(実験的トラウマ)を見てもらい、その後の数日間にどれだけ侵入的記憶が現れるかを記録する、という方法です。

  • 2015年に学術誌『Psychological Science』で報告された研究では、衝撃的な映像を見た翌日に、記憶を一度よみがえらせる課題を行ってからテトリスをすると、その後の侵入的記憶が大きく減ることが示されました。重要なのは、「記憶の想起」と「テトリス」の両方がそろって初めて効果が出た点です。これは再固定化への割り込みという仮説を裏づける結果と解釈されています。
  • 2017年に『Molecular Psychiatry』で報告された研究では、実際の交通事故で救急外来を受診した患者を対象に、待ち時間のあいだに事故の記憶を簡単に思い出してもらってからテトリスをしてもらいました。すると、その後1週間に経験する侵入的記憶が、何もしなかったグループより少なかったと報告されています。実験室を出て、現実の出来事の直後に試した点で注目されました。

これらの初期研究があったからこそ、次に紹介する「すでに苦しんでいる人」を対象とした臨床研究へとつながっていきました。

研究の目的:テトリスは侵入的記憶を減らせるか

今回くわしく見ていく研究は、スウェーデンの医療従事者を対象に行われました。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(2020~2022年)の最中、彼らは仕事を通じて精神的な負担の大きい出来事にさらされることがありました。
研究チームは、このような経験によって生じる侵入的記憶を、短時間で実施できる介入によって減らせないかと考えました。

ここで検証されたのが、先ほど説明した「イメージ競合課題(imagery-competing task)」です。
これは、特定の記憶を思い出しているときに、それとは別の、視覚的な情報処理を必要とする課題(今回の研究ではテトリス)を行うことで、記憶の影響力を弱めようとする考え方に基づいています。
研究チームは、「この介入を受けたグループは、対照群(比較のためのグループ)と比べて、5週間後の侵入的記憶の頻度が少なくなる」という仮説を立てました。
初期研究との違いは、対象が「実験で映像を見た人」ではなく、「すでに現実の仕事で侵入的記憶に苦しんでいる人」だった点です。より実践に近い設定での検証といえます。

研究の方法:どのように検証したか

研究には、パンデミック中に活動していたスウェーデンの医療従事者144名が参加しました(介入グループ73名、対照グループ71名に割り当て)。
参加の条件は、登録前の1週間に、仕事に関連するトラウマの侵入的記憶が少なくとも2回あったことです。つまり、もともと侵入的記憶に悩んでいた人たちが対象でした。
参加者の多く(82%)は女性で、平均年齢は41歳、看護師が58%を占めていました。

参加者は無作為に2つのグループに分けられました。

  1. 介入グループ(イメージ競合課題):
    • まず、自分が体験した侵入的記憶を一つ思い出すように指示されました(記憶の想起)。
    • 次に、スマートフォンで約20分間、テトリスを「頭の中でブロックを回転させる」よう意識しながらプレイしました。
    • この一連の流れ(記憶想起+テトリス)は、研究者がオンラインでガイドしながらスマートフォンを通じて行われ、最初のセッションは1回のみでした。
    • 参加者は、後日、別の侵入的記憶に対して、自分自身でこの介入を繰り返すことも勧められました。
  2. 対照グループ:
    • 介入グループと同様に認知課題を行うと説明されましたが、実際には注意を向けるだけの課題(アクティブ・コントロール)を行い、視覚的な負荷の少ない内容でした。
    • こちらもスマートフォンを通じて行われ、所要時間は介入グループとほぼ同じでした。「ただ時間が経っただけ」との差ではなく、「テトリスという視空間課題そのものの効果」を比べるための工夫です。

両グループの参加者は、5週間にわたって毎日、侵入的記憶を経験した回数を日記に記録しました。
また、介入直後やその後の時点(1ヶ月後、3ヶ月後、6ヶ月後)に、PTSD症状などを測定する質問票に回答しました。

研究結果:テトリスは有効だったのか?

研究の結果、テトリスを用いたイメージ競合課題を行ったグループは、対照グループと比較して、侵入的記憶を経験する頻度が有意に減少していることが示されました。
具体的には、介入から5週間後の侵入的記憶の回数は、介入グループの中央値が1回だったのに対し、対照グループは5回でした(統計的にもはっきりした差で、偶然とは考えにくい結果でした)。

さらに、介入から1ヶ月後、3ヶ月後、6ヶ月後の時点でも、介入グループの方がPTSDに関連する症状が少ないという結果が得られました。
たった1回、約25分のスマートフォン上の介入が、半年後まで差として残った可能性がある。これがこの研究の注目点です。

研究者たちは、「パンデミック下で仕事に関連するトラウマにさらされた医療従事者にとって、デジタルで提供される1回のガイド付きイメージ競合課題介入は、侵入的記憶を減らす上で有益であった」と結論付けています。
彼らはまた、このような短時間で、柔軟に、遠隔で実施でき、繰り返し可能な介入の必要性が、公衆衛生上の重要な課題であるとも述べています。

この研究から言えること、そして限界

この研究は、テトリスのような視覚的な情報処理を要するゲームが、侵入的記憶に対して有効である可能性を示す、興味深い証拠を提供しました。
特に、スマートフォンを使って短時間で実施できる介入が、長期間にわたって効果を示す可能性がある点は注目に値します。

しかし、この結果を解釈する上で、いくつかの重要な注意点があります。

  • 「減少」であって「消失」ではない:
    研究が示したのは、侵入的記憶の「頻度の減少」とPTSD関連症状の「軽減」です。記憶が完全に「消える」ことを示したわけではありません。
    テトリスは記憶を消去する魔法のツールではない、という点はとくに強調しておく必要があります。タイトルにある「トラウマが消える」は、あくまでキャッチーな表現として受け止めてください。
  • 対象者の特殊性:
    この研究の参加者は、パンデミック下の医療従事者に限定されていました。彼らが経験したトラウマは、患者の苦しみを目撃するといった「代理受傷(vicarious trauma)」に関連するものが多かった可能性があります。
    自身が直接的な被害を受けたトラウマ(例:事故、災害、暴力など)を経験した人々に、同じ結果がそのまま当てはまるかは分かりません。今後、より多様なトラウマ体験を持つ人々を対象とした検証が必要です。
  • 条件がそろってこその効果:
    これまでの研究では、「記憶を思い出すこと」と「テトリスをすること」がセットになって初めて効果が出ると示唆されています。ただテトリスを長時間遊べばよい、というわけではありません。タイミングや手順が結果を左右すると考えられています。
  • 再現性をめぐる議論:
    テトリスの効果については、別の研究チームによる検証で結果が一致しないこともあります。たとえば、複数の研究室が協力して行った再現研究では、「直後の侵入的記憶は減らせたが、その後の日々の侵入的記憶までは確実には減らせなかった」と報告されています。効果はゼロではないものの、どんな状況でも必ず効く万能の方法とまでは言えない、というのが現状です。

日常での受け止め方:どう向き合えばいい?

では、私たちはこの情報をどう受け止めればよいのでしょうか。いくつかのポイントにまとめます。

  • 「治療」ではなく「補助」として捉える:
    現時点でのテトリス介入は、確立された治療法に取って代わるものではありません。あくまで早期の支援や、専門的な治療を補う選択肢の一つとして研究が進められている段階です。
  • 強いトラウマを一人で扱おうとしない:
    つらい記憶をあえて思い出す手順は、人によっては大きな苦痛を伴います。深刻なトラウマを抱えている場合に、自己流で記憶を呼び起こすことは、かえって負担になる恐れもあります。
  • 情報をうのみにしない:
    「ゲームで心の傷が治る」といった単純化された見出しは、研究の実際よりも大きく聞こえがちです。元の研究が「誰を対象に」「何を」「どこまで」示したのかを確かめる姿勢が大切です。これは、心理学の研究全般を読み解くうえでも役立つ習慣です。

まとめ:テトリスとトラウマ記憶のこれから

今回の研究は、テトリスのような身近なゲームが、つらい記憶に悩む人々を支援するツールとなる可能性を示唆しています。
特に、トラウマ体験後の早い段階での介入や、専門的な治療を補完する方法として期待されます。

一方で、現時点ではまだ研究段階であり、その効果やメカニズム、適用範囲についてはさらに多くの検証が必要です。再現性をめぐる議論もあり、「侵入的記憶の頻度を減らせる可能性が示された」というのが、データに忠実な言い方です。
「テトリスでトラウマが消える」というような単純化された情報に飛びつくのではなく、科学的な根拠に基づいて冷静に捉えることが大切です。

もし、あなたや周りの人がトラウマとなるような記憶に苦しんでいる場合は、自己判断でゲームなどに頼るのではなく、必ず精神科医や臨床心理士、公認心理師などの専門家に相談してください。
適切なサポートを受けることが、回復への最も確実な一歩となります。

参考文献・出典

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